2022.4.24 メッセージ内容

「主の宣教命令」マタイ28:16-20

見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。(20節)

復活された主イエス・キリストは、40日間、弟子たちにご自分が生きていることを示されました。人間の過去の歴史の中でなかった復活という事実を、彼らが確認するためです。そしてその期間の最後に、この地上における最後の命令を語られました。これは「大宣教命令」と言われ、世界に福音が宣べ伝えられる原動力となったのです。

一、ご自身を現された

エルサレムで十字架につけられ、復活された主は、宣教の出発の地であったガリラヤに行くように弟子たちに命じられます。12弟子以外にも多くの人々がいましたが、その中には復活を信じることができない人もいました。主の姿を肉眼で見ることのできた時代でもそうなのですから、現代においても、主の復活を信じられない人がいるのには何の不思議もありません。

それから数年後、キリスト者を迫害していたパウロに主イエスは現れなさいました(使徒9章/Ⅰコリント15:9)。肉眼で見たわけではないのですが、確かに主は彼に現れたのです。そして彼は大伝道者になり、当時のローマ帝国に福音を宣教する者となりました。その後2000年間、パウロと同じような経験をした人々が続出したゆえに、福音は全世界に広がったのです。

二、権威を与えられた

主イエスは、病を癒やし、悪霊を追い出し、罪を赦し、自然界を従わせる権威を持っておられたことが、福音書には詳しく書かれています。さらに主は、復活を通して死に打ち勝つ権威をも与えられました。その権威は、弟子たちにも与えられたことを忘れてはなりません。主の復活を信じた者は、死を恐れることなく、権力者からの迫害の中でも、大胆に宣教したのです。

主の命令は「あらゆる国の人々を弟子とする」ことでした。弟子たちみずから、キリストの弟子を生み出すことができたからです。バプテスマを受けて新しい出発をした者は、さらに主イエスを深く知り、主に似た者と成長することができます。そして、主から与えられた権威をもって、人々の友となり、心身を健康にし、死の不安を取り除く事ができる弟子になるのです。

三、約束を示された

主の命令の最後は、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」という約束で締めくくられています。マタイ1章には、主イエスが「インマヌエル」(神われらとともにいます)と呼ばれると記されていますが、それは肉体をもたれた主イエスがともにおられるだけでなく、目に見えなくてもおられることを意味します。この約束は、罪の赦しの約束と同じほど確実です。

12弟子の一人だったマタイは、主が昇天された後も、主がともにおられることを確信してこの福音書を書き記しました。さらに主の昇天の10日後に聖霊が教会にくだった後には、この約束を信頼する人々とともに、主は歩んでおられることが明確になりました。問題は、この約束を信じるか否かです。「私なんかに聖霊が与えられるはずがない」と思ってはなりません。

主イエスの宣教命令は、すべてのクリスチャンに対して語られています。自分の勇気や力で宣教すると考えるなら、とてもできないことです。しかし、主がともにいてくださるなら、できます。マルコ福音書の最後には、こう記されています。「主は彼らともに働き、みことばを、それに伴うしるしをもって、確かなものとされた。」