2021.12.12 メッセージ内容

「喜びの知らせ」 ルカ2:1-12

私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。(28節)

御使いがザカリアとマリアに現れて知らせたのは「喜びの知らせ」でしたが、二人とも最初は恐れました。同様に、主イエスが誕生されたその夜、御使いが羊飼いに現れたときも、彼らは恐れました。それまで経験したことがなかったからだと思われます。しかし、主の誕生は、本来、全ての人々に与えられる「喜びの知らせ」なのです。

一、無力な者に与えられる喜び

当時のローマ皇帝アウグストゥスは、徴税と徴兵のために、ローマの支配下にあるすべての地域で人口調査をするように命令しました。当時のイスラエルの国でもこの命令は実行されなければなりません。無力な民だったヨセフとマリアも、出身地である「自分の町」ベツレヘムへ100kmほど歩いて帰ったのです。特に臨月間近のマリアにとって大変な旅だったことでしょう。

しかし、救い主はダビデ王の子孫であり、その出身地であるベツレヘムで生まれるという預言は、この命令がなければ実現しませんでした。しかも、多くの人々が移動するこの時でなければ、家畜小屋で生まれるという出来事はおこらなかったでしょう。ローマ皇帝という権力者も、神のご計画の中の一コマとして、用いられたのです。神は無力な者のために、歴史を動かされます。

二、貧しい者に与えられる喜び

当時、羊飼いは最も貧しい人々で、1年の4分の3は草のある所を転々と野宿して、羊とともに生活していました。しかし御使いは、その貧しい彼らに「大きな喜び」を知らせたのです。もし救い主が王宮で生まれたとしたら、彼らは救い主に会うことはできなかったでしょう。貧しい彼らだからこそ、「飼葉桶に寝ているみどりご」が救い主であることを信じることができたのです。

救い主は、貧しい人々や虐げられている人々のために来られました(4:18)。ルカはこのことをよく知っているからこそ、貧しい人々や弱い女性たちのことを何度も書き記しています。現代でも、貧しい人々、飢餓にある人々のことを思い起こすことが必要です。クリスマスを、そのような人々も共に祝う時としましょう。私たちにもできることがあるのではないでしょうか。

三、この民全体に与えられる喜び

では、お金持ちにとってはどうなのでしょうか。「この民全体」と御使いは言いました。それは、ユダヤの民だけではありません。全世界のすべての人々に与えられる喜びです。富や地位があっても、自分の弱さを認める人々にとっての喜びです。しかし、自分は何でも持っている、何でも知っているという人々にとっては、主イエスの誕生は喜びにならないでしょう。

「飼葉桶に寝ているみどりご」が、世界の人々の救い主であるとは、現代でもなかなか受け入れられません。大多数の人はクリスマスを年中行事の一つと思っているだけです。しかし、クリスチャンは、主が最も貧しい姿になられたからこそ、罪深い自分のことを理解してくださると喜び受け入れることができるのです。自分の罪を認める人が、「神の民」の一人に加えられます。

神は、全ての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます(Ⅰテモテ2:4)。日本人がキリスト教に心を向けるクリスマスは、伝道の絶好のチャンスです。来週のクリスマス礼拝や燭火礼拝、またクリスマス・フェスティバルに、家族や友人をお誘いしましょう。恐れないで喜びの知らせを伝えましょう。