2021.10.31 メッセージ内容

「ゴリヤテとの戦い」 Ⅰサムエル17:41-47

私は、おまえがそしった・・・万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かう。(45節)

イスラエルの最初の王として選ばれたサウル王は、神のことばよりも自分の判断を優先するような人物でした。主はそれに心を痛め、彼に代わる王として選ばれたのがダビデです。彼の信仰は、ペリシテ人の巨人ゴリヤテとの戦いにおいて明確に示されています。

一、サウルの態度

身長が2.5メートルもあるようなゴリヤテが一騎打ちを申し出た時、サウルも兵士も意気消沈してしまいました。本当は、どんなに部下が恐れてもサウル王は自分から名乗り出て戦うべきだったのに、サウルはそれができませんでした。「敵を知り、己を知らば、百選危うからず」という原則に従うなら、サウルのこの態度は無理からぬことでしょう。しかしサウルは、自分がイスラエルの王として神から選ばれたことを忘れていました。

私たちも、目の前に立ちはだかる困難に直面するとき、恐れを感じます。確かに自分の弱さと困難の大きさを見るなら、それも当然です。しかし、私たちのすべては神の手に握られています。神から選ばれて、神の子の身分を与えられた者です。そのことを忘れてはなりません。謙遜に神に感謝することが大切です。

二、ダビデの態度

サウルと対照的に、ダビデはまだ10代の少年でしたが、大胆にゴリヤテに立ち向かいました。サウル王から「あなたは若い」と言われても、ダビデは「獅子の爪から私を救って下さった主は、このペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます」と、主が自分を守ってくださることを確信していたのです。また、サウルのよろいを用いませんでした。使い慣れた石投げを用いて、ゴリヤテの前に出ていきました。

なぜ若いダビデにそれができたのでしょうか。無謀かもしれませんが、彼はゴリヤテではなく、彼を守ってくださっていた神を見ていたからです。詩篇23篇には、「主は私の羊飼い。私は乏しいとはありません」と告白しています。しばしば、大人より子どものほうが、素直に神様を信頼している場合があります。子どもから学ぶこともたくさんあることを知りましょう。

三、私たちの態度

ダビデは、ゴリヤテが神をそしったことが赦せなかったのです。それゆえダビデは、「万軍の主の御名によって」ゴリヤテに立ち向かいました。そして、剣や槍ではなく、たった一つの石によって彼を倒したのです。この戦いは、ダビデとゴリヤテとの戦いではなく「主の戦い」なので、主がペリシテの軍隊をイスラエルの手に渡されることをダビデは確信していました。

現代においても、私たちの戦いは人との戦いではなくサタンとの戦いです。サタンとの戦いにおける武具は、槍や剣ではなく、愛です。愛を貫くことです。これこそ世の人が決して考えつかない武に具です。愛による戦いこそ、ローマ8:31に記されているように、「圧倒的な勝利者」になるための秘訣です。私たちは、この愛という武器を有効に用いているでしょうか。 自分自身の内面を見ても、他の人々への伝道を考えてみても、自分の力の弱さを感じることがしばしばあると思います。しかし自分を見るのではなく、神を見上げましょう。そして、自分が神の愛の中にあることを確信しましょう。神の愛が分かれば分かるほど、自分を悪く言う人のためにも祈ることができるようになります。