2021.9.5 メッセージ内容

「嵐の中でも」 使徒27:9-26

見なさい。神は同船している人たちを、みなあなたに与えておられます。(24節)

パウロはローマ帝国の市民権を持っていたので、首都で皇帝直属の裁判を受けることになりました。そこで、ローマ軍の兵士とともにローマ行きの船に乗り込んだのですが、途中で大きな嵐に遭遇します。しかし、「囚人」パウロは、同乗者に次のようなことばを告げたのです。

一、警告のことば

時は十月の末で、地中海の荒れる時期であり、航海には不向きでした。パウロは素人でしたが何度も航海した経験があったので、出航しないように忠告しました。でもローマ軍の隊長は、船長たち専門家の意見を信用して出発しました。素人の忠告はあてにならないことはしばしばです。しかし、その意見に耳を傾ける必要はあります。特に愛による警告の場合は。

教会には様々な人々が集っているゆえに、教会の歩みにしても個人の歩みにしても、いろんな忠告を耳にします。時には「おせっかい」と思えるような場合もあるでしょう。しかし、祈りをもって言う人のことばを無視してはなりません。聞く人も、その人の愛の心に感謝しつつ、人の考えを超えた神の導きがあることを受け入れる従順さをもつことが大切です。

二、激励のことば

パウロの警告のことばは図星で、出航後しばらくすると暴風が襲いかかってきました。それから約2週間、船は波と風に翻弄されて、自船の位置さえ分からなくなってしまいました。皆の「助かる望みも完全に絶たれようとしていた」その時に、パウロは立ち上がって言います。「元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う人は一人もありません。失われるのは船だけです」と、同乗者を激励したのです。

たとい自分の警告のことばが無視されたとしても、パウロは決して立腹しませんでした。かえって、皆を励ますことばを語ったのです。私たちもそうありたいと思います。苦難の嵐にあっている時にこそ、激励のことばは力となります。たとえ、物を失うことがあったとしても、いのちが救われるなら、それでいいのです。特に、永遠のいのちが約束されているなら。

三、神のことば

パウロが確信を持ってそう言えたのは、神の御使いが自分に神のことばを伝えてくれたからでした。ここでいのちを落とすことなく、ローマ皇帝カエサルの前に立ち、主イエスの福音を語ることが彼の使命だからです。それゆえ神は同乗者275名のいのちを彼の手に与えられました。「私に語られたことは、そのとおりになるのです」とは、何と力強い確信でしょうか。

神のことばは、現在でも力があります。主なる神は、今も世界を治めておられるからです。コロナも異常気象も、人間の力をはるかに超えたことであり、人間の弱さを謙遜に認める機会です。このことを通して神のもとに立ち帰り、神のあわれみを祈り求める者たちが増えるなら、それこそ主の望んでおられることです。神のことばを聞くことが、今、重要です。

現在、嵐にあっている方はおられるでしょうか。あるいはそういう方が周囲にいませんか。聖書を開くなら、そこに神のことばは満載されています。聞く耳さえあるなら、今、それを聞くことができます。神のことばを聞いた人が、家族や友人に警告し、また激励することができるのです。そういう人になりましょう。