2021.8.22 メッセージ内容

「キリスト者の任務」 使徒20:17-32

神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰を証ししてきたのです。(21節)

第三回伝道旅行で各地を伝道した帰り道、パウロはエペソ教会の長老たちを呼び寄せて、キリスト者としてどのような生き方をすべきかを話しました。そこでパウロは、罪を悔い改め、主を信頼して歩む日々にどうしても必要な三つのことを長老たちに示しています。

一、謙遜に生きること

パウロは、学識豊かで血筋も良く、三回も伝道旅行を行うような熱意もありました。しかし決してそれを誇ることはしませんでした。「謙遜の限りを尽くし、涙とともに主に仕えて」きたのです。伝道旅行に区切りをつけ、エルサレムに行こうとしたのも、各地の教会からの献金を届けるためでした。異邦人キリスト者の救いの源となったエルサレム教会への感謝の印です。

キリスト者として重要なのは、生涯、謙遜であり続けることです。伝道の結果がどんなに素晴らしいものであっても、自分の力ではなく、聖霊によってなされたわざだからです。自分が「罪びとのかしら」であることを認め、ただ主の憐みによって生きていることを自覚するなら、高慢になることはありません。すべてが感謝となるとを知りましょう。

二、献身して生きること

エルサレムは、パウロに反対する人々の牙城でした。火の中に飛び込むようなことです。しかし、「神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません」と断言します。自分の命を神に献げていたのです。牧師や伝道師になる人を献身者と言うことがありますが、献身とは本来、全てのキリスト者の任務なのです。

私たちは生きていくために働いています。しかし、それは生活の糧を得るためだけではありません。その働きによって、人々を助け、人々に喜びを与えるためであることを知りましょう。神に愛されているゆえに、人々を愛し、たとえ多少の苦難があっても喜んでそれを行っていくのが献身している者の姿です。それなら、どのような仕事をしている人々であっても、献身者ということができます。

三、学んで生きること

「私は神のご計画のすべてを、余すところなくあなた方に知らせた」とパウロは宣言します。すごい確信です。確かにパウロは旧約聖書をよく読み、そこから何度も聖句を引用しています。みことばが生きて働くことを経験していたのです。だから「みことばは、あなたがたを成長させ、…あなたがたに御国を受け継がせることができるのです」と言うことができました。

私たちも聖書をよく読まなければなりません。私たちを御国に導き、さらにまだ主イエスのことを知らない人々に福音を伝えるためには、どうしても必要なことだからです。今、早天祈祷会ではレビ記を毎日読んでいますが、約3年3か月で聖書全体を読み通すことができます。神のご計画のすべてを知るために、毎日休まないで聖書を読み続けましょう。

キリスト者の任務は、だれかから言われてできることではありません。私たちと共に歩んでおられる聖霊の促しによって、おのずとできていくものです。聖書を読んで罪を示されたなら謙遜に悔い改め、身を献げる決心をし、祈り心でさらにみことばを学ぶなら、何年か後には、驚くような変化が現れてくるでしょう。