2021.8.15 メッセージ内容

「悪霊を恐れるな」 使徒19:11-20

前掛けを持って行って病人たちにあてると、病気が去り、悪霊も出ていくほどだった。(12節)

ピリピ伝道を終えたパウロとその一行は、その後、アテネやコリントでも宣教した後、アンテオキィアの母教会に帰ります。でもすぐに第三回目の旅に出ます。この時の伝道の中心地は、トルコ西部にあるエペソでした。これまでもそうでしたが、伝道は政治的・社会的な戦いにも増して、霊的な戦いであることに注目しましょう。

一、聖霊の働き

神は、パウロの手によって驚くべき力あるわざを行われました。病気の癒やしや悪霊の追放は、聖霊なる神の働きにほかなりません。福音書には主イエスがなされた奇跡的なわざが幾度も記されています。その主が、聖霊として弟子たちともにおられたので、ペテロやパウロも同じことができたのです。人間の超能力で奇跡がなされたと思うことは、大きな誤解です。

現代でも、主の働きで癒やしや悪霊追放が行われることがあります。そのことを強調する教派もあります。しかし、その奇跡を行っている人物を特別扱いしてはなりません。そのような賜物を持つ人と、喜んで人をもてなす人、教会の掃除をする人、祈りに時間を用いる人に優劣の差など全くなく、それぞれが、聖霊の促しを感じて、神と人に仕えているのです。

二、悪霊の働き

神の働きを助けるため御使いが登場することは聖書によく書かれています。それと反対に、神の働きを阻止するため、サタンとか悪霊とか呼ばれる霊的な存在も書かれています。彼らは人の心に様々な欲望を引き起こし、その人を破滅させてしまいます。金儲けのために、病人の癒やしや悪霊追放をしていたスケワの息子たちは、そんな悪霊の餌食になりやすい人でした。

現代でも、悪霊についての生半可な知識をもって行動している人がいます。除霊・開運・占いなどに信頼する人は、そのような見えないものを恐れる気持ちがあるからです。見えないものは自分に悪いことをするのではないか、という恐れです。聖書が示そうとしている愛の神について、その人たちは何の知識もありません。私たちが伝えるのは、「臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊」なのです(Ⅱテモテ1:7)。

三、神の勝利

悪霊は、私たち人間より強い存在ですが、神や御使いに優るものではありません。神の手の中で動くことしかできないのです。悪霊は主イエスを恐れ、パウロも恐れていました。この出来事を通して、魔術を行っていた多くの人々も神の力を知ったので、自分たちの罪を告白し、魔術の本を焼き捨てました。銀貨5万枚というと現在では500万円ほどの価値があるとのことです。人の恐れを悪用して金儲けしようとする人は、昔も今も巷に溢れています。

私たちは悪霊を侮ってはなりませんが、恐れてもなりません。私たちと共にいてくださる聖霊は、悪霊よりはるかに力ある方です。だからこそ、「主のことばは力強く広まり、勢いを得た」のです。コロナウイルスも目に見えないので、恐れを感じる場合もあります。でも恐れすぎてはなりません。主を信頼しましょう。

悪霊は、今でも人々の心に働いて、憎しみや妬みを起こさせ、ついには人を殺傷したりすることもあります。そのような人も主は愛しておられます。聖霊の力に信頼し、罪びとに対する神の無限の愛を伝えましょう。