2021.8.1 メッセージ内容

「癒やしの意義」 使徒14:8-18

すべてのものを造られた生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えているのです。(15節)

アンティオキア教会から出発したパウロの一行は、キプロスでの伝道を終えて、現在のトルコにあるリステラの町へ渡りました。ここはギリシャ神話を信奉する人々が多い地域でした。この町で、一人の足の不自由な人が癒やされたことを通して、真の神は人がすべての面で健全になることを願っておられることを伝えたのです。

一、健全な肉体となる

この足の不自由な人は、パウロの語る福音を真剣に聞いていました。初めて福音を聞く人でも、真の神を信頼する「信仰」があると判断したパウロは、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と命じました。すると、この人はすぐに癒やされたのです。彼はずっと健康になりたいという願いをもっていたのですが、「そんなことが起こるはずがない」と思っていたのでしょう。しかし、福音は実際に弱い人を強くするのです。

医療技術の進んだ現代では、手術や薬やリハビリで、健康が回復する場合が多いです。しかしどの時代でも、人間の力には限界があることを知らねばなりません。その時こそ、全能の神を信頼することの大切さを経験できます。神は人間の肉体さえも創造されたからです。

二、健全な考えをもつ

この病人を癒やしたパウロを、人々はギリシャ神話に登場する神だと解釈しました。そして彼とバルナバを神のように崇めようとします。しかし二人は、「自分たちは普通の人間だ」と明言しました。こういう状況を利用して神のようにふるまったら、あるいは信者の数は倍増したかもしれません。ある人を神のように祭り上げ、人々を支配させようとするのは非常に危険で、まさに死に至る病のようです。

天皇を「現人神」にしようとした歴史は、大いに反省すべきでしょう。同じようなことは、古今東西、どこでも起こっています。本当の神は、天地とその中にあるすべてのものを創造された方以外にありません。特別な才能をもつ人が選ばれて政治家となり、人々を指導することは悪くありませんが、そういう人ほど謙遜に生きる必要があります。世界の指導者に、この考えをしっかり持ってもらいたいものです。

三、健全な生活をおくる

過去には、山や海、太陽や月を神として崇めていた時代がありました。しかしそれらは被造物に過ぎません。パウロは、私たちが収穫する物は、天地を創造された神の恵みによって与えられたことを力説しました。目に見えるモノではなく、それらを与えてくださったお方に感謝する日々こそが、健全な生活であることを教えたのです。天候不順で収穫が激減するなら、私たちは生きていけないことは明らかです。

過去の歴史において、何度も飢饉や天災や疫病がありました。それは人間を苦しめるためではありません。人間の思い上がりを戒め、神の恵みを思い返すためなのです。「人類はコロナに勝利した」などと思いあがるのは愚の骨頂。すべてに神の愛の配慮があることを知り、心から感謝して受け取りましょう。

キリストの福音は、私たちの過去の罪を赦し、天地宇宙を創造された愛の神と親しく交わることができるようにしてくれます。その結果、私たちの肉体も考えも生活も健全なものとなります。常に神の前に謙遜になり、感謝をもって歩む日々を過ごそうではありませんか。