2021.7.11 メッセージ内容

「全ての人に福音を」 使徒10:9-22

「神がきよめた物を、あなたがきよくないと言ってはならない」。 (15節)

ペンテコステの日以来、福音はエルサレムからユダヤの諸地方に広がっていきました。しかし、「選民でない異邦人は神の前には汚れている」という伝統的な考えがあったので、福音は異邦人には伝えられていませんでした。その壁が取り除かれるために、主なる神は今までなかった方法で、そのみ旨を示されたのです。

一、ふさわしい人を選ばれた

ペテロは、初代教会のトップと見られていた人でしたが、伝統的なユダヤ人中心主義が彼の根底にありました。ただ、律法では汚れた仕事と言われていた「皮なめし」という職業の人の家に泊まっていたことは、革新的な要素もあります。もう一人、コルネリウスというローマ人の百人隊長は、ユダヤ人の信じる神を受け入れていましたが、ユダヤ人と全く同じ生き方はできないゆえに悩んでいたと思われます。

現代でも、キリスト教は良い宗教だと思っていても、酒やたばこが禁じられていることや、日曜ごとに教会に行くのが無理だということで、信仰を躊躇する人が多いです。特に日本では、お墓や仏壇のことで悩んでいる方があります。「父と母を敬う」ことは大切であり、祖先を礼拝する偶像崇拝とは違うことを知ってください。

二、ふさわしい時を備えられた

コルネリウスは午後3時の祈りの時に御使いのことばを聞き、ヤッファにいるペテロのもとに使いを遣わすことを決心しました。50kmの道のりを一日足らずで歩いた兵士は、翌日のお昼頃にヤッファに着きました。その時、ペテロは祈るために屋上に上り、奇妙な幻を見たのです。この幻はどういうことかと思い煩っていた時、コルネリウスの兵士が門口に来ていました。

今は、昔のように目を見張るような奇跡がおこることは稀です。しかし、偶然とは言えない出会いは時々おこります。あることで悩んでいた時にこの人に出会ったことで解決した、という話はよく聞きます。神がそなえられた時とはそういうものです。グッドタイミングと言いますが、それはゴッドタイミングなのです。一期一会という言葉は、このことを示すキリスト教用語にしても良いように思います。

三、ふさわしい真理が示された

ペテロは、律法で汚れていると見なされていた動物がきよい動物と共に、敷布のような物に入れられて天から降りてくる幻を見ました。「それを食べよ」との天からの声にペテロは反論します。その時、「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない」と主が言われたのです。これは、神が創造された人間にきよい民と汚れた民があるはずがないという真理を示すために、神がなされたことでした。

自分の民族だけが優れているという考えは、昔も今も世界に溢れています。聖書は、そのような考えとは相いれません。「人間は平等」という普遍的真理は新約聖書を通して、全世界に広がっていきました。全ての人に福音を宣べ伝えることこそ、主イエスが望まれていることです。これはユダヤ教との訣別のきっかけでした。

最初はユダヤ人であるアブラハムに神は語られましたが、それは彼によって「地のすべての部族は祝福される」ためでした。神からの祝福を広げるために、クリスチャンは選ばれたことを忘れてはなりません。神から見捨てられた人など、この世界にだれもいないのです。