2021.5.30 メッセージ内容

「教会の使命」 使徒2:29-42

人々はバプテスマを受けた。その日、3000人ほどが仲間に加えられた。 (41節)

ペンテコステの日に聖霊が弟子たちの内に臨んだとき、教会は誕生しました。その直後から、教会は活動を始めます。リーダー格のペテロは立ち上がって、神殿に詣でていた人々に語り始めたのです。彼の言動の中に、教会の使命は何であるかがはっきりと示されています。

一、キリストを伝える

ペテロは、聴衆がだれも知っていた旧約聖書の有名人ダビデの作った詩篇を引用します。その詩の中でダビデは、自分のことではなく、メシヤ(=キリスト)の来臨と復活と昇天について預言していること、そしてこの預言は、つい50日前にユダヤ人が十字架につけて殺したイエスというお方によって成就したことを、ペテロは大胆に宣言しました。何よりもまず、キリストがメシヤであり、救い主であることを語り伝えることが、昔も今も教会の第一の使命です。

主イエスを三度も知らないといい、復活を目撃しながら語る勇気を持たなかったペテロが、豹変しています。自分自身で告白しているように、聖霊が彼と共におられたからです(33節)。今の時代もそうです。主が共におられるという確信によって、私たちもキリストのなされた愛の御業を語ることができるのです。

二、応答を求める

ペテロが、「このイエスを、あなたがたは十字架につけた」と聴衆に厳しく訴えると、聴衆も、「私たちはどうしたらよいでしょうか」と、素直に応答します。すぐさまペテロは、「悔い改めてバプテスマを受けなさい」と命じました。これは福音書の冒頭にも記されている重要な応答です。キリストを伝えたとしても、何の応答も求めないとするなら、それは福音宣教にはなりません。教会は、キリストと真剣に向き合うように人々を説得することが使命なのです。

バプテスマは、古い自分に死に、新しい自分によみがえることを象徴的に表す儀式です。よみがえった私たちには新しい命、永遠の命が宿ります。それが聖霊という賜物です。肉体の命が終わるときにも、この命は尽きません。あなたはこのことを受け入れているでしょうか。

三、新しい生活を教える

この日、3000人もの人々がバプテスマを受けました。彼らは、それぞれの家庭を保ちながら機会あるごとに集まり、励ましあっていました。そして①使徒たちの教えを守り、②交わりを持ち、③パンを裂き、④祈りをしていたのです。現代に置き換えると、①聖書を読み、②教会に集い、③聖餐式にあずかり、④祈りをする生活です。バプテスマはゴールではありません。スタートです。過去の罪を悔い改めるだけでなく、罪から離れていくために、同じ主を信じる者たちと新しい生活を始めるのです。

生活習慣が変わらないなら、同じ失敗を繰り返してしまうでしょう。しかし、新しいスタイルができると、罪から離れることができます。毎朝、聖書を読み祈る生活は、その一つの例です。これこそ、キリストがなしてくださったことに対する私たちの応答と言えます。

教会の中心は、イエス・キリストです。このお方がいつも一緒におられることを聖霊によって体験しましょう。主イエスが毎日の生活において与えてくださった恵みを分かち合いましょう。互いの弱さのために祈りましょう。そのとき、私たちは教会の使命を果たすことができます。