2021.5.23 メッセージ内容

「五旬節の出来事」 使徒2:1-13

「御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。」 (4節)

主の昇天から10日後は、ちょうど、ユダヤ人の3大祭の一つである五旬節(ペンテコステ)の日でした。復活祭から50日目にあたるこの日に、「父の約束」を待ち望んでいた弟子たちは、それまで想像もしなかった出来事を経験することになったのです。

一、聖霊が与えられた

ヨハネは、過去の罪の悔い改めを明確にするために「水によるバプテスマ」を授けましたが、その後に神のみ心に従って生きるための力を与えることはできませんでした。12弟子でさえ、多くの失敗をし、復活を証する勇気を持っていませんでした。だからこそ、彼らは「父の約束」を求めて祈りました。主イエスと同じように、共に歩んでくださる「助け主」「真理の御霊」を求めたのです(ヨハネ14:16-17)。彼らには「聖霊によるバプテスマ」が必要でした。

旧約聖書では、神の霊はある特別な使命を果たすために、ある期間だけ与えられていました。しかし、新約時代には、ヨエルの預言のように、どんな人にも与えられます。聖霊は人を悔い改めに導くだけでなく、み心にかなう者に造り変えてくださいます。神がなしてくださると信じる信仰によって、聖霊は与えられるのです。

二、教会が生まれた

聖霊は、祈り求めていた人すべてに与えられました。彼らの中には、初心者や誘惑に弱い人もいたことでしょう。しかし、消えかけた薪に風が吹きつけるならまた燃え上がるように、聖霊は弱い者を強めてくださいます。一本の薪ではすぐ消えてしまいますが、何本もあるなら長く燃え続けます。教会はそのようなものです。聖霊の働きがあるからこそ、互いのために祈りあい支えあうことができます。聖霊によって教会は生まれ、また成長していくのです。

教会は、単なる人の集まりではありません。聖霊が導いておられるところです。互いの弱さを認め、支えあうところです。このようにして過去2000年間、教会は発展してきました。そして今も、多くの弱さを持ちながら、教会は「世の光」として輝いているのです。

三、全世界に広がった

主イエスは神の国の福音を宣べ伝えられましたが、それはガリラヤ地方を中心とした限られた範囲でした。しかし、この日から福音は全世界に広がっていくことになります。弟子たちが「他国のいろいろなことばで話し始めた」のは、その象徴です。まさに「地の果てまで、わたしの証人となる」ためでした(1:8)。「炎のような舌」がとどまったことは、聖霊が宣教の情熱を与えてくださったことを示しています。そして確かに、福音は全世界に広がりました。その背後には多くの労苦があったことも忘れてはなりません。

現在、私たちは日本語の聖書を持ち、日本語で福音を聞き、日本語で伝道できます。何と幸いなことでしょうか。今も宣教師としての使命を果たしている人々のために祈りましょう。また、来日している多くの外国人をもてなすのも世界宣教の一部であることも覚えましょう。

聖霊は、求める者には必ず与えられます。「私には聖霊など必要ない。自分の力でやっていける」などとは決して思わないでください。弱い自分であることを認めて、常に「イエス様、私を支えてください。共に歩んでください」と祈り求める日々にしましょう。