2021.5.16 メッセージ内容

「復活の証人たち」 使徒1:15-26

「だれか一人が、私たちと共にイエスの復活の証人とならなければなりません。」 (22節)

主の昇天後、弟子たちはエルサレムのとある家に集まり、祈っていました。120名ほどもいたというのは驚きです。彼らは祈るだけでなく、今後のために話し合い、主イエスの「復活の証人」としてどう歩むべきかを考えていたのです。彼らには3つの特徴がありました。

一、主と一緒にいた者

復活の証人は、主イエスと一緒に生活していた者でなければなりませんでした。主が、現実にこの地上で生活されたことを証言する必要があるからです。「確かに主は人間であられた。そして確かに復活された。だからこそ、主イエスは神の子である」と確信を持って語る者が「復活の証人」です。復活という出来事は、理論で証明することはできません。歴史的に一度しか起こらなかったとしたら、それは目撃した者たちが証言する以外に方法はないのです。

証言の場合は、その人が真実を語っているかどうかが問われます。4つの福音書が細かいところで違いがあるのは、あえてそれを修正しなかったからです。見たまま、聞いたままを書いたからです。主イエスと一緒に生活した人たちは、神と人の前に正直に歩むことが大切であることを、主から学んだ人々でした。

二、神から選ばれた者

ユダに代わる人を選ぶことになったのは、ユダヤ人にとって12という数は特別な意味を持っていたからです。12部族は神から選ばれた民でした。12弟子もまた、主イエスから選ばれたと自覚していました。彼らはまず慎重に話し合い、2人にまで絞り込みます。しかしその後、「くじ」を引きました。どちらが選ばれたとしても、神が選んでくださったという意識を明確に持つためです。最終的に、マッティアという人が選ばれたことが記録されています。

何かの決定をする場合、いろんな情報を出しで何が最善かを話し合うことは大切です。しかし最後は、神がそのように導いてくださったと受け止めることは、現在でも大切です。私たちがクリスチャンになったのも、神様に選ばれたからにほかなりません。

三、教会の土台となった者

この12人は、次の章から明らかになるように、初代教会の土台になりました。復活のことを聞いて「作り話だ」と一笑にふす人々がどれほど多くても、彼らは決してひるまず、「自分たちが見たことや聞いたことを話さないわけにはいきません」と大胆に語ったのです(4:20)。迫害にあっても黙ることはありませんでした。自分たちは復活の証人であるゆえ、自分たちが語らなければ、他に語る人はいないとの確信があったからです。この土台の上に、初代教会はしっかりと建てられていきました。

それから2000年間、「復活の証人」は次々と登場していきます。彼らはみな誠実に行動し、愛と希望に満ちて人々に主イエスのことを宣べ伝えました。彼らの高潔な人柄が、その証言の正しさを証していました。だからこそ、現在の私たちにも福音は届いたのです。

現代の私たちも「復活の証人」となるために、神に選ばれました。主イエスの復活は、死に対する恐れを取り除きます。復活された主が、いつも私たちと共に歩んでくださっています。この信仰に固く立ち、神と人を愛して誠実に歩んでいきましょう。